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2005年7月29日 (金)

狩野川灯籠流し

DSCF0335 7月29日、沼津市を流れる狩野川で毎年恒例の「狩野川灯籠流し」が行われました。この精霊流しは沼津市民をはじめ多くの方々にに親しまれている沼津の夏の大きな行事の一つです。

【MAP】

 




DSCF0341 今年、この精霊流しに参加しました。手伝いでこの”狩野川灯籠流し”の流し手をすることになったのです。胸まであるゴム長靴を履き、足下をしっかり確認しながら川にズブズブっと入って行きます。川に造られた仮設のステージにいる担当者から灯籠を受け取り、一つ一つ丁寧に川面に流して行きます。(写真は今年の灯籠流しの流し手の4人です。)





DSCF0337 灯籠を流しに来られた方々は皆さんそれぞれの思いを胸に来られていたようです。二つの灯籠を手にしたある方に「すみません、この灯籠は一緒に流してくれませんか?」と頼まれました。きっと、現世を離れた最愛の人に対する優しさがあるからでしょう。また、まだ小さいお子さんは、自分の両親が目を閉じて両手を合わせている姿を見て、自分もその真似をして一生懸命に手を合わせて祈っていました。言葉が無くても、子供たちはこのような体験から、一つ一つ”何か”を学び取っているのかもしれません。そのような、ある意味厳粛な空気に包まれ、久しぶりに、日本人に生まれて良かったな~と思う瞬間を味わうことができました。



 新聞・テレビで”靖国問題”に関する話題を良く目にします。この問題はいろいろな側面を持っています。「憲法問題の側面」、「政治問題の側面」、「文化問題としての側面」、そして「感情問題の側面」など、軽々しく答えを出すことができないと思います。ただ、今回の経験を通して、先祖を大切に想う心や日本の伝統文化のすばらしさを純粋に感じることができました。また、まだまだ日本にはこのような風習が残っていることがとても嬉しく感じられたのは事実です。

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2005年7月24日 (日)

関東地方に13年ぶりの大きな地震!

 昨日23日午後4時35分ころ、関東地方で強い地震があり、東京都足立区で震度5強、埼玉県南部、千葉県北西部・南部、神奈川県東部で5弱を記録しました。東京で震度5以上を記録したのは、1992年の地震以来、約13年ぶりのことだそうです。

おもな被害状況としては、
■東京、千葉、埼玉、神奈川であわせて27人の負傷者が出た。
■JR各線や地下鉄などの鉄道が運転を一時見合わせ、およそ141万人に影響が出た。
■エレベーターの停止による閉じ込め事故が相次いだ。
■鉄塔(高さ2・5メートル)が倒れ、切れた高圧線で隣家の屋根などが焦げた。
■ボヤが各所で発生した。
■江東区亀戸の立体駐車場では、2階から乗用車が地上に落ちた。

など、他にも被害が出たようです。

 災害対策には、「事前に災害を予測し防ぐ」ものと「災害後に如何にスムーズに対応する」かという大きく分けて2種類の災害対策があると思います。ここでは後者の災害後の対応について少し述べたいと思います。

 災害発生後の問題の1つとして、情報、物資、人の移動が寸断されてしまうことを挙げることができます。今回の地震でもそうでしたが、災害直後には電話が非常に繋がりにくくなります。また、道路網、鉄道網が不通になってしまいます。仕事先の方々は、なかなか家族との連絡がとれない中で自宅に帰ることもできず、多くの方が精神的にも肉体的にも疲れ果ててしまいます。
 そこで、災害時の情報共有手段として
災害用伝言ダイヤル171の利用をお勧めします。これは、被災地への通話がつながりにくい際に、被災地内の方の安否や緊急連絡をメッセージでいったん預け、その後に伝言で確認できるサービスです。常日頃から家族内ではこの使用について話し合っておくことが重要だと思います。 

 また、鉄道の復旧に関して各鉄道で復旧に至るまでの時間に大きく違いが出たそうです。そのような違いが出た原因としては、路線の規模など一概に比較できないところはありますが、日頃の企業としての災害に対する姿勢に違いがあったことが挙げられると思います。少なくとも鉄道各社は利用者の精神的・肉体的負担を可能な限り軽減する努力をはらってもらいたいものです。

 災害発生後の対策としてまずやらなければならないことは、”想定外の状況”を少しでも無くしていくことです。全く予想外、また予想していてもそれが甘い場合などが無くなるようにそれらを1つ1つ潰していくことが大切です。今回の地震も今後の地震対策に生かせるよう、各方面の努力をお願いしたいものです。

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2005年7月23日 (土)

高齢化社会の中で期待される人材とは

 2004年の日本人の平均寿命は女性が85.59歳(世界第一位)、男性が78.64歳(世界第二位)になったそうです。ちなみに男性の一位はアイスランドの78.8歳だそうです。

 最近、話題に上る社会保障改革には、年金改革以外にも2005年度の介護保険の見直しや2006年度の医療保険などがあります。その中の介護保険の見直しでは、居宅介護サービスの一つとして「予防介護」の導入が検討されています。予防介護とは、虚弱や要支援の高齢者に筋力トレーニング、転倒予防教室や痴呆予防教室などのサービスを提供することで能力の低下を防ごうというもの、つまり、予防介護サービスの導入により要介護者の増加を少しでもくい止め現在厳しい保険財政に何とか対処しようというものです。

 私がまだ小さかったころのお年寄りと今のお年寄りのイメージは大きく変わったと思います。寿命の延びの背景には医学の進歩があるのは周知の事実ですが、高齢者の体力も大幅に向上しているのではないでしょうか? 60歳を過ぎてもまだまだ元気な方々がたくさんいらっしゃいます。
 
 今後、
高齢化が進む中で、そろそろお年寄りに対する考え方を転換させてはどうでしょうか? 単に、お年寄りを大切にするだけではなく、お年寄りに大切な人材としてもっと活躍していただく・・・というように考え方を変えませんか? お年寄りは長年の経験による暗黙知(注1)を持っております。そのような貴重な知識を我々後輩に伝えて欲しいと思います。
 高齢化社会!?もう恐れることはありません。豊かな経験と知識を持ち合わせた、元気なお年寄りが増えることでもあるのですから・・・。

注1:暗黙知・・・人間一人ひとりの体験に根ざす個人的に知識であり,信念,ものの見方,価値システムといった無形の要素を含んでいる知識のこと。

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2005年7月18日 (月)

湾内(One Night)キャンドルナイト in HEDA 2005

DSCF0267 海の日の今日、7月18日に沼津市戸田の御浜公園で開催されました”湾内(One Night)キャンドルナイト in HEDA 2005”に行って来ました。これは今年の4月1日の沼津市と戸田村の合併を背景に「お互いのことを知り、もっと交流を図ろう」という趣旨で沼津青年会議所、沼津市、戸田村観光協会、戸田村商工会、戸田運送船、NPO戸田塩の会、沼津市教育委員会、そして一般市民を含む多くの方々の協力によって実現したイベントです。

DSCF0269 何と言っても、今回のイベントの目玉は総数5千個のキャンドルの点灯です。キャンドルは事前に沼津市の小学生(6年生)にお願いして作ってもらったもの、イベント当日にいらっしゃったお客さんが作成したものを使用しました。皆が作ったキャンドルはどれも個性的で、すばらしい出来映えでした。



DSCF0308  辺りが薄暗くなる中で、キャンドルが点灯されました。残念ながら強風のため全てのものには点灯できませんでしたが、それでも暗闇にほのかに揺らぐキャンドルの明かりは一緒に演奏されたシンセサイザーの音色と相まって、とても幻想的なものでした。

【MAP】




DSCF0294-2 今回、沼津港からホワイトマリンに乗ってたくさんの一般の家族連れの皆さんが戸田までいらっしゃいました(総勢約150名)。たぶん、その中には実際に今回のキャンドルづくりに関わった小学生、そのご両親も多く含まれるのではないでしょうか?やはり自分が実際に関わったものは、自ずとそれを応援する気持ちがわいてくるのだと思います。”参加型の地域づくり”、これも1つのキーワードだと実感しました。(写真は強風のためなかなか火が着かないキャンドルに一所懸命に火をつける家族連れの皆さん)

今年と同様来年もイベントがあったら、また手伝いにいくつもりです。・・・とても楽しく心に残るイベントでしたから・・・。

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2005年7月13日 (水)

石廊崎灯台

 石廊崎灯台を訪ねてきました。灯台に向かうために車を停める駐車場は2カ所あります(共に有料)。ジャングルパークの入り口に近いほうに停めた方が楽に灯台まで行けます。個人的には少々坂を登っても海に近い方の駐車場に停めて灯台に向かった方が行くまでの風景が楽しめると思います。

【MAP】

DSCF0194 ■役の行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)

 駐車場から灯台に向かう道の入り口のところに役の行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)の銅像があります。役の行者は吉野の金峰山、大峰山などの霊場を開き、「修験道の開祖」と崇められた人物です。また、神通力を持ち鬼神でさえ思うがままに操っていました。しかし、その力を悪用した罪でこの伊豆に流されました。
 
伊豆は古くから都人にとって未開の僻地だと考えられ、流罪の地とされてきました。ただし、当時は罪人といっても優れた知識・見識の持ち主も多く、伊豆の地元の人々にとっては京の進んだ文化を運んでくる重要な役割を流人が果たしていたと言えます。(参考:「ふるさと百話」 静岡新聞社)

 突然ですが、今、米大リーグで日本人選手が大活躍しています。本人の努力や才能は当然のこととして、ある意味、異文化を懐深く取り入れる米大リーグにその強さのようなものを感じ取れると思います。新しい存在が入り込むことによって、昔からあるものも活性化していきます。日本全国で元気が無くなっている地方を再び元気に再創生するためのヒントがここにあるのかもしれません。



DSCF0197■灯台へ向かう道

この道を登って行くと灯台があります。途中見える景色に疲れが癒されます。










junglepark_on■石廊崎ジャングルパーク(「強者どもの夢の跡」?) 
 灯台に向かう上り坂を登ること15分、坂を登り切るとそこには熱帯の世界?が待っています。石廊崎ジャングルパークです。
 石廊崎ジャングルパークは1969年、「熱帯の楽園」をキャッチフレーズに熱帯植物を観賞 する植物園としてオープンしましたが入場者数の激減に伴い2003年9月に閉園しました。最盛期は75万人にも達した入場者が閉園間際には11万人弱にまでに落ち込んでいました。

 閉園後の園内は時間の経過とともに傷みが進んでいます。ジャングルパークの文字も剥がれ落ちています。(左写真上:閉園直後の植物園 左写真下:荒廃が進む植物園)

 南伊豆町でも「石廊崎は観光伊豆の要であり、特別地域として厳しい規制が懸けられている自然環境は、何にも替えがたい価値があり、土地の荒廃を防がなくてはならない」との考え方を示しています。

 

DSCF0219 実際に建物は荒廃していましたが、皮肉なことにそこは生き物でいっぱいでした。青く透き通る海と空のすばらしい景色、生きる活力にあふれた蝉の声、ひらひらと花々を行き交う蝶たち・・・まるでここが楽園のように感じられました。何とかその豊かな自然を生かすための手だてが必要だと思います。この場所が時間と共に荒廃していくのを何とかくい止め、自然と人間が共生する場を創って行きたいですね。皆さんの知恵を出し合って、何か良い解決策を考えたいものです。


 

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■石廊崎灯台
 ジャングルパークを過ぎしばらく行くと前方に灯台が見えて来ます。






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 青い空と白い灯台がとても印象的です。







DSCF0203■石室神社
灯台の横道が石室神社(いろうじんじゃ)に向かう参道です。











DSCF0211 参道を少し行くと石室神社があります。第1印象が「自然と一体化している」でした。この神社は絶壁の窪みに祀られ、床下に千石船の帆柱が置いてあります。床が一部透明になっていて帆柱を見ることができますが、眼下は海なので、ものすごく怖いそうです。(残念ながら見ておりませ~ん (ToT))。





DSCF0207 突端に小さな社があります。もともと航海の安全を守る小さな社ですが、縁結びのご利益もあるということです。(本当に御利益がありそうですね)






DSCF0210岬の突端からは晴れていれば伊豆七島が展望できます。

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韮山反射炉

DSCF0174 幕末期の伊豆代官・江川太郎左衛門英龍は、ペリー艦隊が江戸港沖に姿を現したのを目の当たりにして国防の重要性を痛感し幕府の許可を得て大砲鋳造に必要な反射炉を築造しました。
 反射炉とは、炉の中に石炭などの燃料を入れ、発生した反射熱を利用し熱を1ヶ所に集中させて金属を溶かし大砲などを鋳造する炉のことです。造られた大砲は今の東京のお台場に据えられました。
 この反射炉は佐賀藩に次いで築造されたものですが、完全な形で現存する反射炉はここ韮山反射炉が唯一のものです。炉の高さは16m、構造的にも機能的にもその精巧さは今日の溶鉱炉にも匹敵するといわれています。 【MAP】

 韮山反射炉もそうですが、日本人の”ものづくり”は世界的にみてもきわめて優れた特質だと思います。少し前で言うと、LDやDVDも日本の技術が最初ですし、町工場の熟練した技術に関しても世界的な技術水準を持っています。その高い技術水準をかわれNASAから下町の工場に注文がある程です。

 平成11年12月に「第1回ものづくり懇談会」が開催されました。これは、ちょうどその頃に発生した茨城県の東海村の臨界事故や国産大型ロケット「H2」の打ち上げ失敗などを反省し、「ものづくり能力」の強化に向けて、当時の小渕恵三総理が提唱し開催に至ったものです。最近、発生したJRの脱線事故、航空会社の度重なる事故などを見る限り日本の”ものづくり”や”技術の伝承”についての対策は引き続き行っていかなければならないようです。

 平成19年11月に沼津市で「第39回技能五輪国際大会」が開催されます。団塊の世代のリタイアにより技術の伝承が危ぶまれている中で、日本の”ものづくり”をいかに伝えていくかをじっくり考える良い機会になるのではと思っております。
 ちなみに、今年の5月~6月に開催された「第38回技能五輪国際大会(ヘルシンキ大会)」での日本選手の成績は金メダル獲得数が5個 (これはスイス、南チロル・イタリアに並び世界第1位の成績)でした。次の沼津市大会での日本人選手の活躍が大いに期待されるところですね。

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2005年7月12日 (火)

毎月12日は「パンの日」です!

  毎月12日は「パンの日」だそうです。1983(昭和58)年3月にパン食普及協議会がこれを制定したそうです。
 パンと言えば、日本で最初にパンを焼いたのは誰かご存じですか?1842(天保13)年に伊豆韮山代官の江川太郎左衛門英龍(左下の人物)が軍用携帯食糧として乾パンを作り、それが日本で最初のパン作りになるそうです。実はそのパンを初めて焼いた       4月12日にちなんで毎月12日がパンの日になりました。

tarouzaemon 太郎左右衛門英龍は1801(亨和元)年韮山代官の子として江戸屋敷で生まれ、後に伊豆韮山代官となった人物です。彼はペリー来航に対抗する目的で大砲を鋳造するための反射炉(反射熱を利用して金属を溶かす構造の炉)を建造したり、他にも種痘の実施、二宮尊徳を招聘して農地の改良などを行うなど様々な偉業を達成しました。
 ・・・そうそう、今、フジテレビがあるお台場の洋式の海上砲台(台場)を築堤したのも彼なんです。

 江戸で生まれ様々な感覚や広い視野を身につけることができたことが彼の才能を開花させる大きな助けになった気がします。新しい風が大切なんですね。

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2005年7月10日 (日)

オリンピックも拡大から縮小へ?

GORIN 皆さんもご存じのように、国際オリンピック委員会(IOC)は8日の総会で、2012年ロンドン夏季五輪から、野球とソフトボール競技を外すことを決定しました。「野球はベストの選手がそろっていないのとドーピング対策が問題。ソフトは世界的な普及が足りない」というのが除外の理由でだそうです。実はちょうど3年前の7月にIOCプログラム委員会が野球、ソフトボール、近代五種を08年北京五輪から除外する勧告を提出しています。このときからこの問題は懸案になっていたのですね。IOC曰く、野球、ソフトボールの2競技が3年前の総会(メキシコ)で除外対象に挙がっていたにもかかわらず「改善の努力をしなかった。」・・・自業自得ということだそうです。

 ところで、1976年にカナダで開催されたモントリオール・オリンピックは大幅な赤字でした。そのようなことを背景にオリンピック組織委員会は自分達で資金を調達しなくてはならず、1984年のロサンゼルス大会ではテレビ放映権をなるべく高く売ったり、企業のスポンサーから資金を集めたり、五輪グッズで稼いだり、と商業主義への転換を図りました。その甲斐あって、オリンピックは儲かる世界的なイベントとなりました。同時にオリンピックの肥大化が問題になってきました。今回の動きは拡大から縮小への1つの新しい方向性を示すものかもしれません。同時に本来のオリンピックのあり方を考え直す良い機会かもしれません。

 「拡大から縮小?」どこかで聞いたフレーズですね。今、政府のキャッチフレーズにある「大きな政府から小さな政府へ」とどこかイメージがダブります。今回のIOCの決定は自分にとっては”青天の霹靂”でした。しかし、政治はそれでは困ります。何事においてもしっかりと説明責任を果たしてもらいたいものです。

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2005年7月 2日 (土)

祝!51歳「沼津仲見世七夕まつり」

DSCF0160 6月25日(土)~7月7日(木)の間、沼津仲見世商店街で七夕まつりが開催されています。この祭りも今年で51回目を迎えます。期間中は七夕飾りで商店街が埋め尽くされます。また「七夕縁日」、「七夕わいわい」や七夕飾りの受賞順位を応募で予想する「一番星を見つけよう!」など多彩なイベントが目白押しです。


DSC00156 この沼津仲店商店街はお気に入りのスポットです。私自身、商店街にある本屋さんには頻繁に出没しています。
 ところで、この周辺を歩いていていつも何か足りないな?と感じています。ショッピングを楽しむのはとても楽しいことですが、ゆっくりくつろげる空間が無いのが原因かもしれません。ゆっくりくつろげる空間として沼津駅南口の周辺に大きな公園があったら良いのにな~と思ったりもします。(現実は厳しいかもしれませんが・・・(^-^; )

 個人的にお気に入りの公園はロンドンのハイドパークやニューヨークのセントラルパーク、東京だと日比谷公園や駒沢公園などです。共通して言えるのはどこも街中にあり、規模が大きいだけでなく自然が多く皆の憩いの場となっているということ、そしてどことなく文化の薫りが漂ってくるところです。犬の散歩、ジョギング、昼寝そして時には音楽に興じる人等々そこを訪れる人々の癒しの空間になっています。そんな魅力的な公園の近くにはおのずと人が集まり、お洒落な店が開店します。散歩するだけでもホッとするような街づくり・・・それが私の夢の1つです。

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