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2005年8月22日 (月)

出馬断念

新聞報道等でご存知の方もあるかと存じますが、今回、私、いわい茂樹は、静岡6区からの出馬を断念いたしました。
いろいろな思いで頭の中がいっぱいで、うまく言葉にはできませんが、短い間にかかわらず、ここまで支援・応援してくださった方々への感謝の気持ちでいっぱいです。
また、みなさまがたの御期待にこたえられなかったこと、本当に残念に思っています。

また、一から勉強し直して、みなさまの前に、ひとまわりもふたまわりも成長した姿でお目にかかりたいと思っています。
これから、新たな未来に向けての一歩を、みなさまと共に歩んでいきます。

本当にありがとうございました。
これからも、よろしくお願いいたします。

                        いわい茂樹

これまでの経緯について、新聞報道をまとめましたので、興味のある方はごらんください。
新聞記事まとめ(静岡新聞より)

なお、ブログは元の形に戻り、旅や地域、個人的な興味、新しく勉強したことなどを中心に再開するつもりです。こちらも、よろしくお願いいたします。

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2005年8月18日 (木)

内定をいただきました

新聞やテレビ報道でご存知の方もあると思いますが、さる8月17日に静岡6区の市町村支部代表者会議で、自民党公認候補として内定して頂くことができました。
みなさまには、心からお礼を申し上げます。
これからも、自分の力を精いっぱい出し、ご期待に副えるよう頑張りたいと思っています。

正式に公認が決定するまでには、19日の県連総務会での正式決定、党本部への公認申請、党本部での公認決定――の道程がございますが、正式決定したら直ちに「改革前進!」のスローガンでもある私の思いをみなさまに伝えにいきたいと思っております。
よろしくお願いいたします。
                       いわい茂樹

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写真は昨日(8/17)の記者会見の模様です。

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2005年8月17日 (水)

私にとって静岡6区とは

6ku_zu 静岡6区は、
沼津市
熱海市
伊東市
下田市
伊豆市
伊豆の国市の一部(旧韮山町・旧大仁町)
賀茂郡(東伊豆町・河津町・南伊豆町・松崎町・西伊豆町)
駿東郡の一部(清水町・長泉町)
となっています。

私とこの地域との縁といえば、祖母の出身地であり、これまでに何度も墓参りなどで訪れていることがはじまりだとは思うのですが、沼津に住居を移し、日々、この地域との絆が深まっていくのを感じています。
地元の人たちと顔をあわせ、いろんな話をし、心のつながりが育まれていく中で、自分の果たさなければならない役割が、どんどん形になってきました。
この地域、この静岡の人たちの笑顔を大事にしたい。そして、この笑顔の輪をもっと広げていきたい。日本全体に、世界中に――。
心にずっしりと響くものが私を動かしています。

                          いわい茂樹

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2005年8月16日 (火)

この場を借りて――

公式サイトを立ち上げてから一週間が過ぎ、ゲストブックや掲示板にも、いろんな方々が訪れてくださるようになりました。
私のような若輩者にいろんな世代の方が声をかけてくださることを、とてもありがたく感じています。本当に、ありがとうございます。
みなさまから学ばせていただくことの多さを実感する毎日です。
掲示板(交流ひろば)でもゲストブック(足跡)でも構いませんので、ぜひともご意見等伺わせていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
                   いわい茂樹

掲示板:交流ひろば

ゲストブック:足跡

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2005年8月15日 (月)

後援会のサイトができました

慌しい日々を過ごしています。いわい茂樹です。
先日開所した事務所にも、たくさんの人たちが駆けつけてくれ、いよいよ時が迫ってきた感があります。
とにかく「成せばなる」の精神で、毎日を過ごしています。
昨日、後援会のWEBサイトも立ち上げましたので、興味のある方は、ぜひ、そちらもご覧ください。皆様と共に、笑顔溢れる静岡にするために・・・語り合いましょう!

いわい茂樹後援会

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2005年8月14日 (日)

「私の使命」について

 私は大学、大学院で「環境土木」を学び、民間会社おいても「環境と土木」の仕事をしてきました。今まで学んだ環境をもとにした地域づくりを実現するために、国政のレベルで仕事をすべきと決意し、政治の道をめざします。

いわい茂樹の「10」の約束
1.伊豆縦貫道をはじめ、道路網を緊急整備をする。
2.みなとの開発等の基盤整備を促進し、農林・水産業を活性化する。
3.すばらしい自然のもつ癒しで、観光産業を活性化する。
4.地球温暖化による異常現象や地震災害に対し、安心して住めるような地域づくりを進める。
5.歴史や伝統文化、環境を重視した地域づくり整備を行う。
6.地場産業(観光・水産・農業・IT産業、教育・医療・介護)の発展と充実をはかる。
7.遠隔医療や緊急医療網を早期に整備する。
8.生きがい、やりがいのある地域社会づくりなどの高齢化社会に対応した福祉政策を進める。
9.子育ての支援をはじめ、少子化対策を積極的に進める。
10.「ここで生まれ育って良かった」と思える教育環境づくりを進める。

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わたしの主張

「改革を推進し、地域を変え、日本を変えていこう!」

郵政改革を本丸とする諸改革を進める。経済も、教育も、医療や福祉関係も21世紀型の新しいシステムに変えていきたい。新たな産業も生み出し、ベンチャービジネスを育てていかなければならない。しかし、新しいものばかりに目を奪われ、日本の古き良き伝統文化を切り捨ててはならない。

時代は地方の時代である。地方から国を変えていくことが、日本の未来を切り開くことになり、地方の活性化で日本を豊かにします。私はそんな「地域づくり」をめざしたい。

本格的な国際競争の時代を迎えます。市場原理が試される時代です。しかし、たんなる競争に走ると弱肉強食の世界になります。欧米ならいざ知らず、わが国の伝統文化に合わない、強者の倫理で弱者の切り捨てをしてはならない。お年よりは大事にしなければならないのである。

以上、三つのテーマが私の政治心情ですが、具体的な段階で矛盾する面がでてくるだろう。しかし、政治というものは、矛盾するものを、工夫しながら何とか乗り越えていくものである。保守こそ真の改革の精神であると思う。私はやります。私に任せてください。

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近況報告など

朝日新聞【静岡版】 8/13より

岩井・木部氏軸に調整/空白の6区で
「空白の6区」で自民県連

 衆院選で自民党の立候補予定者が唯一不在の6区で、参院議員秘書の岩井茂樹氏(37)が11日、立候補に向けて準備を進めていることを明らかにした。同区では元航空会社員の木部一氏(40)も立候補を予定している。17日に6区内の市町村支部代表者会議が各支部の意見を基に公認候補予定者を決め、県連はその決定を追認する。前回は保守分裂選挙で議席を失っているだけに、県連は「勝てる候補で一本化したい」と話している。

 岩井氏は国土交通副大臣の岩井国臣参院議員の次男で、祖母が下田市出身。建設会社を退職し、父親の私設秘書を務める傍ら、今春沼津市に住民票を移し、10日に後援会事務所を市内に構えた。

 「元々年明けから公募へのチャレンジを考えていた。急な解散で慌てているが、公認が取れる気持ちで動いている。伊豆は心の古里。地域づくりに取り組みたい」と抱負を語った。

 木部氏は故木部佳昭元建設相のおい。沼津市で育ち、伊東市在住。中華航空日本支社などに勤め、前回の総選挙で6区の公認候補を決める予備選(候補者4人)に出たが4位で、立候補を辞退している。

 木部氏は「県連が公募作業などについて役員会と議員総会を開いた今月1日に改めて立候補の考えを決めた。沼津市長選に声がかかったこともあったが、あくまで衆院を目指したい」と話す。

 6区は比例復活を含めて自民党が県内で唯一空白の選挙区。前回は予備選で元衆院議員を候補者に決めたが、3位だった元国交省職員も立候補して自民票が割れ、ともに落選した。

 県連は今回、全国公募で9月末までに候補者を選ぶ予定だった。が、解散を受けて、各支部の推薦を基に市町村支部会議で決める形に変えた。

 岩井氏はすでに伊東市支部を除いて各支部へ推薦を申請する一方、木部氏は伊東市支部を通して推薦を申請している。

 公認されなかった場合について、岩井氏は「その時の状況をみて考えたい」と態度を明らかにしなかったが、陣営幹部は「取れなかったら事実上できないでしょう」。木部氏は「自民党が、自分が適任ではないことを私や支持者に、はっきり説明できることが大事だ」と強調している。(朝日新聞 8/13付)

 しばらく日記を休んでおりましたが、上記の状況で、政治の道を志すことになりました。
 当ブログは折を見て、旅や地域、個人的な興味なことを中心に再開するつもりです。
 これから当分の間、書き込みができないかもしれませんが、みなさま、よろしくお願いいたします。

 とりあえず、現時点でわたしの考えていることを次のメッセージで、ご報告しておきます。

                        8月14日   いわい茂樹

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2005年8月12日 (金)

戸田地区住民が松城邸の保存について陳情

ちょっと気になった記事。

■静岡新聞 8/11 より
松城邸、市で管理を 保存・修復など 戸田地区住民が陳情
 沼津市戸田の国登録有形文化財「松城家住宅」の保存と活用に関して、戸田地区連合自治会や戸田村商工会、戸田観光協会、保存に取り組む住民グループ「戸田どっとこむ」が10日、市の管理下での同住宅の保存・修復などを求める陳情書を、賛同者3096人の署名を添えて市と市教委に提出した。
 同グループの監物知利子代表は「松城家住宅は建築後約130年を経て損傷も進んでいるが、現在は当主の負担で行われている。個人では施設維持に限界があり、建物の寄贈と土地の取得を通して市が管理し、修復と保存・活用を図ってほしい」と訴えた。
 陳情書と署名簿を受け取った斎藤衛市長は「できるだけ早期に国重要文化財指定を受けられるように取り組みたい。修理も当主に負担がかからぬようにしたい」と前向きな姿勢を示した。工藤達朗市教育長も「素晴らしい財産として多くの市民に見てもらえるようにしたい」と述べた。
 松城家は江戸時代から続く旧家。同住宅は明治初期に建てられ、和洋折衷の建築様式を取り入れた「擬洋風建築」。市と旧戸田村との合併に合わせて、市教委は重文指定に必要な詳細図面作成のための調査費を当初予算に計上している。
 所有者の松城みどりさんは「行政に管理していただいた方が家を守れるのでは。先祖が戸田の発展にかかわってきた歴史もあり、家と家名を残すことができれば」と話している。

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2005年8月 9日 (火)

高校生たちが地元の海岸を美化

静岡新聞にちょっと心に留まった記事があったのでご紹介します。

■静岡新聞 8/9 より

海岸美化に汗 豊橋中央高の運動に協力 沼津中央高生
 旧東海道を歩きながら近くの海岸のごみ拾いをしている豊橋市の豊橋中央高生徒が8日、富士市吉原をスタートし、最終目的地の沼津市の沼津中央高まで活動した。同日は沼津中央高の生徒17人も参加し、ともに汗を流した。
 炎天下の中、生徒たちは疲れた表情を見せながらも協力し合いながら活動を実施した。美化活動をPRしたのぼり旗などを掲げ、リヤカーを引きながら海岸沿い約20キロをごみを拾って歩いた。目的地に到着するとお互いをたたえ、感想を述べ合ったほか、文化祭などでこれからも交流を続けることを約束した。
 豊橋中央高3年の水口隆太生徒会長は「ごみゼロを呼び掛けて沼津の生徒と歩いてきた。つらかったが地元の人の感謝の言葉が原動力となってやり遂げることができた」と満足そうに話した。
 豊橋中央高は豊橋市が5月30日の「530(ごみゼロ)運動」の発祥の地であることを全国に広めようと昨年からごみ拾い運動を開始し、今年で2回目となる。

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2005年8月 7日 (日)

「第59回沼津市スポーツ祭水泳競技大会」に出場しました!

 「第59回沼津市スポーツ祭水泳競技大会」に出場してきました。実はもう随分と昔の話になってしまいますが、あの「冨士山のトビウオ」で有名な古橋廣之進さんが作られたスイミングクラブに所属していました。そんなこともあり久しぶりに自分の体力がどれほどのものか試す意味でもこの大会にトライしました。
さすがに、選手時代ような記録は出せませんでしたが、まずまずの泳ぎができたと思います。

出場種目と記録は以下のとおりでした。
自由形(50m)・・・ 29秒97(優勝)   かろうじて20秒台で泳げました。(^-^;
平泳ぎ(50m)・・・ 37秒73(優勝)    大会新記録を出すことができました。

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2005年8月 3日 (水)

閑さや岩にしみ入る蝉の声?

DSCF0415 朝方、耳元でけたたましく鳴く蝉の鳴き声で目が覚めました。時計を見るとまだ朝の5時を少しまわったばかり。蝉が部屋の網戸に張り付いて、元気良く鳴いていました。
(^-^;

 蝉の声と言えば、松尾芭蕉が山形県の『宝珠山立石寺』(通称:山寺)で詠んだ「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の句が有名です。

 木々に囲まれたところで多くの蝉の鳴き声を聴くと”涼しさ”を感じることがあります。同じ蝉の鳴き声を”暑苦しく”も”涼しげ”にも感じることができるのは日本人の感性がなせる技なのでしょうか?(しかし、今朝の蝉殿は、どう考えても涼しいものではありませんでしたけれど・・・。)

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