2009年7月18日 (土)

東洋哲学勉強会に行ってきました。

 今年の5月から始まった東洋哲学勉強会という勉強会に参加してきました。開催は月に1回。教科書は『呂氏春秋』という本で、始皇帝の宰相だあった「呂不韋」による古代中国の英知と教訓集です。毎回その教材を読み下しながら、書かれている内容について参加者が自由に感じたこと、意見などを述べ合って進めています。今回は「夏の節」を採り上げましたが、その中の1つの文章を紹介します。

「およそ教説するというのは、説いてよく導くことであって、相手の歓心を得ることではない。近頃の教説する者は、善導することを忘れて、歓心を得ようとばかりする。いったい善導することを忘れて、歓心を得ようとするのは、溺れる者を救おうとしてかえって石のお硾りをつけるようなものである。・・・」

 「衆愚政治」、「ポピュリズム」についての議論がされはじめ長くなりますが、この『呂氏春秋』に書かれた一文から学び現代の政治に活かすことは多いように思います。人気回復だけを狙っての公認選び、選挙前だからということで消費税の議論がタブーになる雰囲気・・・。国民が望んでいるのは、表面だけの甘い言葉ではなく、国の将来をしっかり考え抜いて発せられた言葉だと思います。

 
 

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2007年1月27日 (土)

児童・生徒への「出席停止」措置について

 政府の教育再生会議(野依良治座長)は11日、東京都内で運営委員会を開き、今月下旬に取りまとめる第1次中間報告に、いじめなど反社会的行為を繰り返す児童・生徒への「出席停止」措置を明記する方針で一致した。(毎日新聞 2007年1月11日)

この記事を読んで感じたことですが、この内容の善し悪しは別として、もう少し”多様性”の大切さについて考えてみたらどうかと思います。

僕の小中学校の頃は、いろいろなタイプの子がいたと思います。いじめっ子もいましたし、当然、その逆でいじめられっ子もいました。そして、いじめを止める子も・・・。僕はそんなバランスで成り立っている、小さな社会の中でいろいろ経験しながら大人になるための準備を少しずつしていったように思います。

現在、大人の社会も格差社会という大きな問題を抱えています。でもやはり、どの世界でも多様性が保たれる社会でなければならないと思います。勝ち組と負け組・・・そのような勝ちか負けかのどちらかしか無い社会ではなくいろいろな人が集まりあった社会に魅力は生まれてくると思います。何をもって勝ちとするか、負けとするかは皆さんのご意見があると思いますが、重要なのは、それらいろいろな人たちが笑顔で共存していく社会だと思います。互いに相手のテリトリーを侵すことの無い、棲み分けされた社会がこれからのポイントになると考えています。

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2006年8月27日 (日)

夏期仏教講座に参加して

Dscf2020  本日、沼津の本光寺客殿にて、この時期恒例の”夏期仏教講座”に参加してきました。講師に國學院大学講師の金岡秀郎先生が招かれ、「観音信仰の広まりと深さ~日本人とモンゴル~」というテーマで講演をされました。講演は観音信仰が広まった歴史的背景を含む哲学的ものから、今注視されている日中関係を含む政治的な話題までとても幅広いものでした。

興味ある話を一つご紹介します。

 戦後の民主主義についてです。金岡先生は、「戦後の民主主義では、自己を主張することが重要とされ、今までの日本人が持ってた世の中や他人への”遠慮”という気持ちが薄れてきている」と述べられていました。この話を聞いて、思い浮かべたのが、いまグローバリゼーションの名の下に世界的に広がっている市場主義経済です。

 市場主義とは、私的利益を追求し、自由競争を展開する中で、「見えざる手」に導かれて社会的公益を最大化できると考える資本主義の伝統的な理念です。世界的に市場主義が広がるグローバリゼーションの中で日本も世界と競争していかなければならないのも事実だと思います。しかし、規律のあるルールのもとでの自由な競争を行うことが前提であり、それが守られない状況では、弱肉強食の世界になってしまうことも念頭に置いておかなければならないと思います。また、私自身、市場主義は決して万能ではないと思います。今までの日本人は”自分よりも他人を思いやる”、そんな資質を今の日本人より持ち合わせていたと思います。ボランティアの精神が自然と身に付いていたのではないでしょうか。

 自殺者数が交通事故者数の数倍にのぼる、現代の日本社会において、もう一度、このあたりを検証する必要があると思います。何事においても極端は避けなければならないと思います。行き過ぎた市場主義は避けなければなりませんし、市場主義とボランティア的側面はバランスを取りながら進んで行く必要があると思います。

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